芭蕉という修羅 (新潮文庫)本ダウンロード無料pdf

芭蕉という修羅 (新潮文庫)

strong>本, 嵐山 光三郎

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によって 嵐山 光三郎
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内容紹介 「古池や蛙飛こむ水の音」の句を詠んで華やかな江戸文化人サロン注目の俳諧師となった松尾芭蕉。遂には「風雅の正道」と喧伝され、没後は朝廷から「飛音明神」の号を賜り、偶像化され神となった。しかし、その芭蕉にはもう一つの顔があった。水道工事監督、幕府隠密、イベントプロデューサー。それぞれに危うい博打を打ち、欲望の修羅を生きた「俳聖」の生々しい人間像を描き出す決定版評伝。 内容(「BOOK」データベースより) 「古池や蛙飛こむ水の音」の句を詠んで華やかな江戸文化人サロン注目の俳諧師となった松尾芭蕉。遂には「風雅の正道」と喧伝され、没後は朝廷から「飛音明神」の号を賜り、偶像化され神となった。しかし、その芭蕉にはもう一つの顔があった。水道工事監督、幕府隠密、イベントプロデューサー。それぞれに危うい博打を打ち、欲望の修羅を生きた「俳聖」の生々しい人間像を描き出す決定版評伝。 著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より) 嵐山/光三郎 1942(昭和17)年、静岡県生れ。雑誌編集者を経て、作家活動に入る。’88年、『素人庖丁記』により、講談社エッセイ賞を受賞。2000(平成12)年、『芭蕉の誘惑』(後に『芭蕉紀行』と改題)により、JTB紀行文学大賞を受賞。『悪党芭蕉』が’06年に泉鏡花文学賞を、’07年に読売文学賞を受賞した。著書多数(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 続きを見る
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嵐山光三郎の「芭蕉という修羅」が文庫化されました。言うまでもなく松尾芭蕉は「俳聖」とも称された俳句界の神様的存在です。その神様に対し、著者はとんでもないことを書いている。「芭蕉は伊賀上野の藤堂新七郎家から、水道工事のエキスパートとして派遣された。俳諧師として江戸へきたという話は、芭蕉が有名になったため、あとでつくられた」「芭蕉の発句は、のちの枯淡なる独白や、風雅なる旅の句も、基本的には作り話が多い」「日光東照宮に関する仙台藩の動向を調査する『おくのほそ道』の旅は、綿密に計画され、用心深く組み立てられていった」等々。「野ざらし紀行」の有名な捨て子の話も、「古池や…」の風雅に澄んだ池もフィクションなのだそうです。もともとの芭蕉は今でいうバリバリの土木技師で、事務能力にも長け、旧主であり自分をすこぶる「愛寵」してくれた藤堂新七郎への忠誠熱い男だとのこと。しかも妾との間に子もなしたいわゆる両刀使いでもある。俳諧に打ち込むかたわら、幕閣とつながる藤堂家の政治力を背景に、江戸の水道工事という公共事業でボロ儲けしたというのですから、もう生臭さ全開ですね。しかし将軍代替わりにより藤堂家の政治力は消滅。新将軍綱吉の粛清の嵐が芭蕉の身に迫るに及んで水道事業も俳諧もやめ、深川へ遁走。そんな事情があったとは初めて知りました。俳聖という行い澄ましたイメージとは全く違う人物像です。粛清の波が収まるとともに、俳諧師としてようやく復活します。しかし旅する先々で出会う弟子や友は胡散臭い背景を持つ人物ばかり。「芭蕉周辺の人は、そのほとんどが幕府の諜報機関とつながっている」 旧主筋からこいつは使えると見込まれてしまったのですね。それが「奥の細道」の旅だったわけです。「西行にしろ宗祇にしろ、旅する歌人が諜報をかねているのは当然の任務であった」とはイヤハヤ。探索と俳諧の両道を行くその姿はまさに「修羅」ですね。もちろん幕府の隠密だったとしても、俳諧にもたらした芭蕉の功績はゆるぎないわけで、そのことは著者も随所で強調し、俳人の小澤實氏も解説で認めています。むしろ著者の解き明かした旅の真の目的や句の裏に隠された意味を知るほどに、今までは感じなかった深みさえ味わえるようになるのではないでしょうか。著者は芭蕉について数冊ものしていますが、芭蕉の魅力にとらわれた理由も、そこら辺にあるのかもしれません。

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